おいしい椎の実、しぶい楢の実【戦略の違い】
【シイの実は食えるという実体験】
先日、シイの実は美味しいという記事を書きました。
嫁さんがスダジイの実を食べていたという話が発端となり、自分でもツブラジイ(コジイ)の実を食べたところ、(生でも)確かに旨かった。という驚きをそのまま投稿したものです。
驚いたのは前知識があったからです。上の記事にも書きましたが、一般的などんぐりは渋みが強く、食べるのには非常にあく抜きの手間がかかる、ということが知られています。ここでいう「一般的などんぐり」とはコナラ属(クヌギ、ミズナラ等)の果実=ナラの実ことです。
【どんぐりの渋さは化学的防御】
シイの実は美味しくて、ナラの実は渋い。それはわかったとします。ところでそれは何故なのでしょうか。*1
ふと積読状態だった原正利『どんぐりの生物学』(京都大学出版会、2019年)を開いてみると、この「なぜ」を説明する興味深いことが書かれていました。
シイやナラの果実は、芽生えの初期成長を助けるために豊富な栄養を蓄えています。そのため動物にとっては大変お得な食料となっており、一方食べられる側としては何とかして身を守らねばなりません。
動物から身を守る術には
・物理的防御(硬くなる等)
・化学的防御(まずくなる等)
・マスティング(いわゆる豊凶)
といったものがあり、どんぐりの渋みは化学的防御による生存戦略です。一方、シイの実は渋くないので、化学的防御は使われていないといえます。
では、なぜどんぐりの防御手法をシイの実は使っていないのか。
これを説明するヒントは「トレードオフ」です。
【物理的防御と化学的防御はトレードオフ】
ナラの実の渋みの正体はタンニンと言われています。ナラの実が持つ化学的防御(=摂食阻害)物質にはほかにテルペノイド類や食物繊維などがありますが、中でもタンニンは食べた動物の体内で消化阻害を引き起こし、時には致死的な障害を引き起こすほどの毒物です。
一方、こういった物質の産生にはなかなかコストがかかるため、ほかの策にはあまり予算を割けなくなってしまいます。ナラの実は、例えばクリのような硬くとげとげの殻には包まれていません。体をすっぽり殻で覆って身を守るのは、いわゆる物理的防御です。もし、ナラの実がタンニン等の物質にあまり投資をしていなければ、ひょっとするとクリのような殻で物理的に身を守れていたかもしれない。でも両立することはできず、物理的より化学的な防御を持つよう進化した。そんなトレードオフが予想されています。
いま、クリを引き合いに出しましたが、これはシイの実でも同じことです。シイの実も、クリほどの鎧ではありませんが、体をすっぽり覆う殻を持っています。クリの殻もシイの殻も、ナラの実でいうどんぐりの帽子の部分、すなわち「殻斗」が発達したものです。
シイの実もナラの実も、茶色い皮によりある程度守られているのですが、シイの実はさらに殻斗が上から覆うことで、実が成熟するまでしっかりガードされます。しかし、殻斗を発達されるのにもコストがかかるため、この手を使うとナラの実のように渋くなるための予算が足りない、ということになります。
ナラの実が渋く、シイの実が美味しいのは、限られた能力を化学的に使うか、物理的に使うか、という戦略の違いが顕れた結果だと考えることができますね。
*1:実は下の本を読むまでそんなこと全然考えていませんでした。疑問を持つことは大切ですね。