【コラム】ミズナラの種子生産からいろいろ考える

 9月某日の新聞に「秋のヒグマ出没、極端には増えないと予想 北海道内「ドングリなど豊作」なんて記事が載っていたのを見たときは、「お、まじか!」なんて思ったものだ。なぜなら筆者はミズナラという木が大好きだからだ。大好きな木が子沢山ともなれば、これは嬉しいことこの上ない。
 ただ、この記事を読んだとき、筆者はミズナラの分布しない高所にいたため、遺憾にも自らの目でその吉事を確かめることができず、ずいぶん悶々とした。そのままごたごたが続き、ちょうど「実りの季節!」と呼べる時期にミズナラの森を散策することは、ついにかなわなかった。
 11月に入り、ようやく筆者は後輩を連れて山に行く機会を得た。この後輩は夏場に低地の森林を飛びまわっており、私からひそかに妬まれている可哀想な青年である。話題がミズナラ堅果の実成りになると、後輩は新聞が伝えたとおりの景色を目の当たりにしたようで、
「浦幌は堅果がじゃらじゃら落ちてて、足の踏み場もないくらいでしたよ!」
 と嬉々として語った。そんな光景、俺はまだ出会ったことが無いのに。実にねたましい。
 ……なんていう心の声を押し隠しつつ、筆者はひそかにこれから出逢うだろうドングリだらけの前途を思ってわくわくしながら山を目指した。
 が。
 実際に山に入ってみると、後輩の語るような「じゃらじゃら」転がるミズナラ堅果は見あたらない。
 
<札幌はそんなに豊作じゃなかった!?>
 
 ミズナラを含むブナ科の樹木は樹木間、および林分間で同調した堅果生産の年次変動を示すといわれている。このいわゆる「マスティング現象」はネズミやクマ類の生活に影響を与えるから、これで知っている人も多いだろう。
 ミズナラは、他のブナなんかと比べれば同調の度合いが低いといわれているものの、マスティングをするといわれている以上、全体的に豊作だといわれている年にはどこにいたってドングリじゃらじゃらの状態を期待してしまうものではないか。
 ところが、北海道東部では確かに豊作だったらしいミズナラ堅果が、札幌では見当たらない。一つの山だけではなく、その後何度か場所を変えてみても印象は同じだった。ミズナラ母樹の密度が高いところでも、ぱっと見、全然無い。
 種子が落果してくる時期はとうに過ぎ去っているから、当然落ち葉に埋もれていたり、持ち去られたり食べられたりして、10月なんかと比べれば転がっている堅果の数は減っているだろう。じゃあ何だ、来るのが遅かっただけで、本当はこのあたりもじゃらじゃらしていたのか。
 そう思ってインターネットを方々調べてみた。個人の発信情報で「札幌に住んでるけど今年のドングリは豊作だあ!」としているサイトは、やはり中々みあたらない……。
 そこで公的機関による発表資料はないか探してみることにした。豊凶についての「予想」がされているなら、その実際も検証されてしかるべきである。すると案外簡単に見つかった。
 結果から言えば、「石狩(略)のミズナラ(略)など(略)が凶作となったものの、全体的には極端な凶作傾向は確認されませんでした」とのこと。なんだ、札幌近辺は豊作じゃなかったのか。。

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平成26年秋のヒグマの主要食物の豊凶状況--ミズナラ--
 
<三角山のミズナラと虫害>
 
 そういえば、夏に一度登った三角山のことが思い出される。
 筆者は高所での山仕事の合間に札幌へ帰ってきて、8月11日には我がホームグラウンドとも呼ぶべきこの山へ足を運んだのだが、そこでミズナラたちにある異変が見出されたのだ。
 
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 なにかがおかしい。そう、明るすぎるのである。林冠の隙間から空がしっかり覗けてしまっている。
 よく見てみると、葉がかなり虫に食われていることが分かる。
 葉は種子生産に必要な炭水化物を生産する。このことから、葉の虫食いと堅果の少なさの間にちょっと関係性がありそうにも思えてくる。
 さらに、今年は札幌近辺でマイマイガの類が大発生したと聞く。三角山のミズナラマイマイガにやられたのかもしれず、広食者といえど、ここら一帯のミズナラは集中的に彼らの餌食になったのでは……?
 マスティングのメカニズムを説明するための最も有力な仮説の一つに「資源収支モデル」という、豊凶のある樹種は種子生産するだけの資源を貯蓄するために豊作年を隔年にしているとするものがある。しかし、最近の研究ではそういった樹種においても当年生産された資源がかなり種子生産に重要だと示唆する結果が導かれている(市栄 2013)。また、成長と繁殖がトレードオフの関係にあるのと同じように、被食に対する防御反応もまた繁殖とはトレードオフの関係にあると、一般には言われている。
 もっとも、以上からこの憶測は正しい!と早合点してはいけない。本当に札幌近辺のミズナラが軒並みマイマイガ(他の虫の可能性だってある)に葉を食われたのかは信用できるデータが無いし、仮にそんな事実があったとしても、虫害⇒凶作という簡単な因果を結ぶには、まだまだ検討の余地がある。虫害が無くとも凶作になっていたかもしれないし、そもそも葉の食害がミズナラの繁殖に負の影響を与える!という研究データだって今はちょっと見つからないのだ。
 葉の被食に対する応答、という点で言えば、ミズナラは特殊な対策をもっていることにも注目するべきである。普通、植物は植食者にたいして恒常的防御、および誘導防御(化学的防御(質的・量的)・物理的防御)を持つ。コレに加えてミズナラは、土壌条件が良いときには予定外に葉を展開(二次フラッシュ)させる能力を持っており、食害を補償成長によって柔軟にカバーすることも可能らしい(青山 2011、ほか)。つまりそうしたタフさで食葉被害による結実への影響も軽減できるのかもしれない(丸裸にされたらたまったものではないだろうが)。
 
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二次的に葉を開いたミズナラ
 
旺盛な成長かといえば、そうでもない。
新葉は未熟な印象があるしデフォルトの葉はけっこう食害されている。
よって土壌の豊かさを踏んでの補償的成長とみるべきだろう。
薄くて柔らかい新葉は、低コストで効率のよい光合成を演出するはずだ。
 
 と、いろいろ知識をひけらかしたところで、雑多なそれらが一つの体系をなしてくれるわけではない。食葉昆虫がミズナラ堅果の結実に及ぼす影響、というのは今後の研究課題としておこう。
 さしあたり、以上から見えてくるのはミズナラの健気な生き様であり、それによって導き出せる私の主張はただひとつである。
 
「がんばれ、ミズナラ!!」
(過剰なまでのミズナラ愛)