ドングリ実生の生存戦略

せっかくお正月ということなので、最近読んでいる原正利『どんぐりの生物学」(京都大学学術出版会、2019)から気になったトピックを取り上げ、思ったことを書いてみます。

 

【ドングリの子葉は開かない】

「子葉」という言葉は小学校の理科の授業で習うと思います。種の中に初めからある葉のことですね。もう一つ、「無胚乳種子」という言葉もあります。有胚乳種子と対になる用語で、栄養を蓄えた胚乳を持たない*1種子のことです。

無胚乳種子の場合、胚乳の代わりに子葉が栄養を蓄えており、種の中身の大部分はボッテリとした子葉が占めています。教科書ではマメ科の種子が例としてよく挙げられています。葉っぱが栄養を背負っている*2、なんなら可食部であるというのは、改めて考えてみると普段の葉という概念と違うので不思議な感じがします。

ナラ・カシなどのドングリも括りとしては無胚乳種子に当たります。ただし、マメは子葉もしっかり芽生えるのに対し、ドングリは空に向かって子葉が開くことはありません。いわゆる地下子葉性という性質です。仲間のブナは地上に子葉を出しますが、シイなどはナラ等と同じく地下子葉性です。

地下子葉性であるドングリは、子葉が葉緑素を持たず、ドングリの皮の中に閉じこもったまま、光合成をしないで植物体への栄養供給に専念します。そのように地表付近に身を隠すことで、動物に見つかりにくくもなるようですね。

 

【北のドングリは根を出して冬を越す】

ドングリは発芽するとき、はじめに根を出し、次いで茎と葉を出します。*3コナラやミズナラはさっさと根を出しますが、アベマキなどは落果後から春先にかけてゆっくり発根、アラカシ、シラカシといったアカガシ類やクヌギなどは春まで根も出さないそうです。

こうしてみると、ドングリが根を出すタイミングは冬の厳しさと関係しているように思えます。さっと根を出して冬を越すコナラやミズナラは、比較的北方で暮らす樹種です。早めに根を出すことで、競争が激しい春先の初期成長を迅速にするのでしょう。

 

【子葉の栄養はどこに行くのか】

一般的に、ドングリの木は根への投資を重視している樹種として知られています。芽生え(実生)も同じ傾向を示しますが、その様相は、生育環境によって異なるようです。

落葉樹林は、冬に林冠の葉が落ちているため、春先は林床が明るくなっています。そのため、落葉樹林内で芽生える実生は、春先の光をいかに利用するかが生存率を高める重要なポイントとなります。明るければ明るいほど、それを利用してどんどん大きくなることが求められます。

一方、常緑樹林は常に暗いため、そこで芽生える実生にとって、春先の成長は落葉樹林ほど重要ではありません。そういった環境で育つことの多いツブラジイやイチイガシは、地上部の発達を抑制し、地下部への配分をより高めることで、乾燥や照度不足に耐えていると考えられます。*4

また、子葉に蓄えられた栄養分は、芽生えの際にすべて使い切ってしまうわけでもありません。ミズナラを例にとると、本葉が展開した時点で子葉に貯蔵された栄養分の90%が消費されるらしいのですが、逆に考えると、10%は残っています。これは何らかの理由で地上部が失われた時の再生のために使われます。もともとドングリの木は萌芽(冬芽じゃないところから枝葉が出てくる)力が強く、子葉の余力は実生萌芽の際に役に立つと考えられます。

 

語りだすと止まらないドングリの木の話、今回はこんなところで。

*1:種子ができ始めたときにはありますが、成熟するまでに消えてしまうそうです。

*2:ちなみに常緑樹は落葉樹よりも葉に多くの栄養を持たせているため葉の食害に弱い、なんてことはまた別の話。

*3:ブナは春先に発根しすぐに子葉を展開、クリは条件が良ければ発根して春に子葉を展開、スダジイは晩春に発根+展開、ツブラジイは晩春に発根するがなかなか子葉は開かず、翌年に展開するものもいるようです。

*4:落葉樹林に育つドングリの木が根に配分しないということではありません。例えばミズナラやコナラは、ケヤキやシラカンバ等と比べると地下部を中心に物質配分する樹種であることがわかっています。

おいしい椎の実、しぶい楢の実【戦略の違い】

【シイの実は食えるという実体験】

先日、シイの実は美味しいという記事を書きました。

嫁さんがスダジイの実を食べていたという話が発端となり、自分でもツブラジイ(コジイ)の実を食べたところ、(生でも)確かに旨かった。という驚きをそのまま投稿したものです。

驚いたのは前知識があったからです。上の記事にも書きましたが、一般的などんぐりは渋みが強く、食べるのには非常にあく抜きの手間がかかる、ということが知られています。ここでいう「一般的などんぐり」とはコナラ属(クヌギミズナラ等)の果実=ナラの実ことです。

 

【どんぐりの渋さは化学的防御】

シイの実は美味しくて、ナラの実は渋い。それはわかったとします。ところでそれは何故なのでしょうか。*1

ふと積読状態だった原正利『どんぐりの生物学』(京都大学出版会、2019年)を開いてみると、この「なぜ」を説明する興味深いことが書かれていました。

シイやナラの果実は、芽生えの初期成長を助けるために豊富な栄養を蓄えています。そのため動物にとっては大変お得な食料となっており、一方食べられる側としては何とかして身を守らねばなりません。

動物から身を守る術には

・物理的防御(硬くなる等)

・化学的防御(まずくなる等)

・マスティング(いわゆる豊凶)

といったものがあり、どんぐりの渋みは化学的防御による生存戦略です。一方、シイの実は渋くないので、化学的防御は使われていないといえます。

では、なぜどんぐりの防御手法をシイの実は使っていないのか。

これを説明するヒントは「トレードオフ」です。

 

【物理的防御と化学的防御はトレードオフ

ナラの実の渋みの正体はタンニンと言われています。ナラの実が持つ化学的防御(=摂食阻害)物質にはほかにテルペノイド類や食物繊維などがありますが、中でもタンニンは食べた動物の体内で消化阻害を引き起こし、時には致死的な障害を引き起こすほどの毒物です。

一方、こういった物質の産生にはなかなかコストがかかるため、ほかの策にはあまり予算を割けなくなってしまいます。ナラの実は、例えばクリのような硬くとげとげの殻には包まれていません。体をすっぽり殻で覆って身を守るのは、いわゆる物理的防御です。もし、ナラの実がタンニン等の物質にあまり投資をしていなければ、ひょっとするとクリのような殻で物理的に身を守れていたかもしれない。でも両立することはできず、物理的より化学的な防御を持つよう進化した。そんなトレードオフが予想されています。

いま、クリを引き合いに出しましたが、これはシイの実でも同じことです。シイの実も、クリほどの鎧ではありませんが、体をすっぽり覆う殻を持っています。クリの殻もシイの殻も、ナラの実でいうどんぐりの帽子の部分、すなわち「殻斗」が発達したものです。

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 シイの実もナラの実も、茶色い皮によりある程度守られているのですが、シイの実はさらに殻斗が上から覆うことで、実が成熟するまでしっかりガードされます。しかし、殻斗を発達されるのにもコストがかかるため、この手を使うとナラの実のように渋くなるための予算が足りない、ということになります。

ナラの実が渋く、シイの実が美味しいのは、限られた能力を化学的に使うか、物理的に使うか、という戦略の違いが顕れた結果だと考えることができますね。

 

*1:実は下の本を読むまでそんなこと全然考えていませんでした。疑問を持つことは大切ですね。

ツブラジイの実

【シイの実は食える】

 

ナラ類カシ類のドングリは渋くて相当手をかけなければ食えたものではない。

そんな話を方々から耳にし、「野生の堅果は総じて食えないもの」とばかり思っていたところ、

シイの実は癖がなくて普通に食べられる。

むしろ子供の頃よく食べていた。

という話を嫁から聞きました。そんな文化?があることにもビックリ。

「秋になるとシイの木が生えている公園まで拾いに行った。炒って食べたり、クッキーに入れたりしたが、たまにただのドングリが混ざっていて渋かった」

と述懐する嫁。すげえな。

 

【シイの木とは】

 

いわゆるシイの木は、日本の照葉樹林でしばしば見かける常緑の広葉樹です。高校生物くらいでは、カシ類と並ぶ極相林の構成種として紹介されますね。一般には正式名でいうところの「スダジイ」と「ツブラジイ」の二種を指します。

シイの木はブナ科シイ属に分類されます。ブナ科はナラ、カシ、クリなどの堅果を実らせる種が集まったグループです。さらにシイ属はクリ亜科という中グループにあり、分類学的にはナラ、カシよりはクリに近いようです。

ちなみに、堅果は基本的に無胚乳種子なので、ドングリの中身もクリの可食部も大部分は子葉です。

 

【シイの実を探しに】

 

嫁の話でシイの実のことが気になり、近くの山に行ってきました。ここはアラカシとツブラジイが優占する照葉樹林です。

時期外れのため、なかなか見つからなかったのですが、登山者の目を気にしつつ地面を這うように眺めていると、ちらほら。

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殻に包まれたツブラジイの堅果スダジイよりも小さいようですね。殻はほかのドングリの帽子と同じもので殻斗と呼ばれます。

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剥くとこんな感じ。ナラ系のドングリより尖った印象です。あとお尻があまり白くない。

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失敬して割ってみると、白い!マカダミアナッツみたいです?

生食もできるみたいですが、まぁクワの冬芽よりはイケるかな、って感じですね。

ただ、見かけた多くの実はこんな感じじゃなく、虫食いや萎びた状態でさすがに食えたもんじゃなかったです。

食べられるやつは「虫食い穴がない」「きちんと成熟し表面が黒光りしている(乾燥していない)」「簡単に割れない」ものに限られていました。

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【シイの実はどんな味か】

 

簡単に言うと、美味しいです。

皮を剥いてから炒めるとポリポリしてナッツっぽい。皮のまま炒ってからだと柔らかさが残ってクリっぽい食感と味がします。

来年は嫁の故郷でスダジイの実を拾いたいです。

 

 

フモトミズナラとミズナラ

ミズナラより暖地に分布する「ミズナラ」】

東海地方には、フモトミズナラ 、という樹木が分布しています。

フモトミズナラは無印のミズナラに一見激似ですが、無印が生えない暖地に見られる樹種です。遺伝的にはコナラに近いとされる一方、モンゴリナラとミズナラの雑種起源だろうという意見もあって分類学上の位置付けはあまり定まっていません。

2005年に愛知万博が催されたモリコロパークに群落が存在することを知り、以来何回か僕は当地を散策しています。

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【フモトミズナラの特徴】

実際にフモトミズナラを見てみると、形質上は

「枝ぶりはミズナラっぽく冬芽はミズナラとコナラの中間くらい」
「葉っぱはミズナラに近く、カシワモドキにも似ている」
「樹皮はコナラっぽい」
「生えてる場所も温暖な尾根でコナラっぽい」
「マレッセントがコナラよりも起こりやすい」
「コナラよりも早く芽吹く」

といった特徴があるようです。

調べてみると、根は斜めに伸び、砂れきや花崗岩地帯の薄い土壌に生えやすいとのこと。

また、コナラとは分布域が重複しますが、フェノロジーの部分で棲み分けている気がします。ミズナラ好きとしては大変興味深い種です。

木曽川水園の「ミズナラ」?】

さて先日、木曽川水園というところに行ったときのこと。

この施設は木曽川流域の植物をいろいろ植えているらしく、様々な種を見物することができたのですが、その中でこんな葉を見つけました。

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お、ミズナラじゃん。

ん、

待てよ、

しかし木曽川流域にはフモトミズナラの自生地も含まれるのか。

すると、フモトミズナラがここに植えられていないわけはないのではないか?

そう考えると途端に無印なのかフモトなのかがわからなくなってしまいました。

葉の形質からいえば、フモトはミズナラと比べて

・幅広で大きめの傾向
・側脈の間隔は広い
・鋸歯は鈍くなりがち
・葉の先も丸くなりがち
・葉の裏に毛がない

というのが特徴なのだそうです(図鑑より)。

目の前の葉は尖っているし、葉の裏の脈状に明らかな毛がある。やはりミズナラか…

いやしかし、個体差が大きいだけだったり、夏にはまた形質が変化して、結局フモトなのかもしれない…

なんて考えていたらついに結論が出ないまま帰ってきてしまいました。職員さん、名札をください。。。


結局この日はグダグダと推論を重ね、一旦は「ミズナラとフモトミズナラ が混在しているのだろう」と締めくくったのですが、やっぱり気になって、後日職員さんに直接真相を聞いてました(以降は確認後の修正文です(6/17)。)。

木曽川水園のあいつは無印のミズナラ

結論から言えば、木曽川水園にはフモトミズナラ はないそうです。

特異な種であると分かったのが15年程度とそう遠くない昔であることも関係しているのでしょう。いずれにせよ、フモトミズナラ がいないという事実が分かったのですっきりしました。

フモトミズナラミズナラの違いを直接観察できなかったのはいささか残念でしたが、やっぱり僕の直感は正しかったのだ、とミズナラ好きの者としては喜ばざるを得ません。

園内の植生に明るい職員様に感謝。

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サツマノミダマシ

【たまには蜘蛛でも】

僕は基本的に植物を愛でる人です。鳥類のような目立つ存在ならまだしも、昆虫やクモのような小さな動物にはなかなか手が出ません。

とはいえ、小さな生き物も生態系の中では結構重要な役割を担っているのだから、そのうち覚えたいなぁとは見かけるたびに思っている昨今。

そんなおり、鮮やかな緑色のクモを見かけました。さすがにこいつは特徴的だから調べやすいし覚えやすいだろうと判断し、撮ってきたのが以下の写真。

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【その名はサツマノミダマシ

コガネグモ科ヒメオニグモ属の一種、名を「サツマノミダマシ」というそうです。

サツマノミとはハゼノキの果実のとこで、緑色の腹部がそれによく似ているんだとか。

サツマノミダマシが巣の中心にいるのは普通夜間で、昼間は枠糸の端にいるらしいのですが、今回は昼なのに巣の真ん中にいました。おそらく暗い小雨の日であったため、あまり虫が通り掛からない/巣の中心にいても虫に気づかれにくい/天敵に襲われにくいなどといった状況が夜と似ていたのでしょう。

【ワキグロか無印か】

似た種にワキグロサツマノミダマシというのがいます。無印サツマノミダマシとの区別点は、腹部の側面から下が褐色(ワキグロ)か緑色(無印)かということだそうです。

件の個体を横から見てみると、ちゃんと緑色の脇でした。

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ワキグロは北海道にもいますが、無印は本州以南にしかいません。

本州ならではの生物との出会いを改めて認識すると、なんだか感慨深いです。

【蜘蛛と生態系】

クモは捕食者ですから、その生命は多種の食物連鎖、もとい食物網に支えられています。言い換えれば、クモの存在はその環境下にそれなりの生態系が成り立っていることを示唆しています。

このサツマノミダマシも例外ではなく、生き物のつながりの中で生きているのでしょう。

ヤチダモの芽吹きは遅い

【自然の中での結婚式】

先日、北海道で結婚式を挙げました。式場は美しい自然に囲まれたチャペルです。

恵まれた立地を活かし、式場は周囲の自然が最大限に映えるような造りとなっています。

結果から言うと大成功の式だったのですが、実は準備段階から、僕らにはある懸念がありました。

【頑なに芽吹かない木】

6月の挙式を予約したのは年末ごろ。

それからの僕は、「きっと新緑に彩られた最高のロケーションになるだろう」と信じて疑わず、のんびりと春を待っていました。

ところが、ある日妻がスマホを指差して言います。

「なんか、緑、薄くない…?」

ネットに上がっている去年の写真を見ると、確かに5月末から6月初旬にかけての式場は、なんだか緑が薄い。一昨年もそうでした。

いや、流石に全ての木々がスカスカというわけではありません。暦の上は初夏。多くの木々が若葉を広げる中、どうやら特定の樹種の芽吹きが異様に遅いようなのです。

自分たちの挙式日にはもう少し緑が濃くなっていてくれないだろうか、と妻は心配していました。

そうだね、と返した僕はしかし、粗い写真をじっと見つめ、芽吹きが遅いこいつらはそもそも何の木なのかが気になって仕方ありませんでした。

【北海道ではおなじみの樹種】

例の木の正体が気になって仕事に集中できなくなるのをどうにか耐え、ついに念願の現地入りを果たした6月。

実際に式場の下見へ行ってみると、芽吹きが遅かったのはヤチダモでした。

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湿地を好み、北海道では街路樹にもなるメジャーな木です。

直立的な幹と水辺という環境からピンとこなかったのは不覚でしたが、現地で眺めたとたん、粗い対生と花の痕跡、そして雰囲気になつかしさが込み上げました。

そして確かに記憶を辿れば、ヤチダモをはじめとするギャップ依存性のある樹木は春先にガツガツ葉を広げる印象がありません。

【芽吹きの遅さは種としての特徴】

調べてみれば、ヤチダモの開葉の遅さは結構有名な話らしいです。

ついでに言えば落葉も早く、着葉期間は4,5ヶ月程度と言われています。

ヤチダモは霜に弱いといいます。考えてみると、この木は羽状複葉の木であり、小枝のような葉軸を毎年付け替えるため、霜で予定外に葉を失うとダメージが大きいことが推察されます。

したがって、開葉が遅く落葉が早いことは、春先と晩秋の霜のリスクを回避する点からヤチダモの生存に有利に働くのかもしれません。

【息吹を感じながら】

結局のところ、僕たちの挙式でもやっぱりヤチダモは芽吹いたばかりの姿でした。

とはいえ、写真を見て悩んでいたのは完全に気にしすぎで、実際は「緑の濃淡」が却って美しく、周りは生命の気配に満ちていました。

また、「芽吹きが遅くても、それにはきちんと理由がある」と考えれば、そんなヤチダモの姿にも愛着が芽生えます。妻も納得。

そこにある自然のことを知ることで、空間の充実を強く感じ、素晴らしい時間を過ごすことができたのでした。

 

参考URL
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcsir/2018/0/2018_228/_pdf/-char/ja
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/73102/1/2006-25_1-3.pdf
https://www.hro.or.jp/list/forest/research/fri/kanko/kiho/pdf/kiho76-3.pdf

 

余談:

現地では、他にオニグルミやイヌエンジュなんかも芽吹きたてでした。

また、覚書として、ヤチダモをはじめとする環孔材の樹種は、前年の主要な道管が大径ゆえに寒さの害を受けるため、当年に使用することができません。その分、当年の道管は葉が開ききる時期に合わせて早めに木化し、短期集中的な成長を行うのだということです。面白いことを知りました。
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/215672/1/shinrin.gijutsu_887_28.pdf

ウワミズザクラの出現頻度と生態

【ウワミズザクラの疑問】

僕が住んでいる岐阜の林相については、僕自身まだまだ経験的に知らないことが多くあります。

昨冬に冬芽等による樹種同定を手伝う機会があり、奥地から持ち帰って来た枝枝を調べたときはかなり勉強になりました。

ただ、樹種を調べていく中で不安になったことがひとつ。サクラ類の出現頻度が異様に高いのです。特にウワミズザクラ。

残念ながら写真には残していませんが、ウワミズザクラは落枝痕という大きな特徴を持ちます。それがあればほぼ確定と言って良いくらいです。ただし、当年枝であれば当然落枝痕はありません。

実際、落枝痕のない枝でウワミズザクラっぽいものがママあり、他の特徴からこれらはウワミズザクラだろう、と一応結論付けていたもの、あまりに頻出するので「本当にこんなに多いのか?」と悶々としていたわけです。

【やせいの ウワミズザクラ が あらわれた!】

それからしばらくして春のこと。車で高速道路を走っていると、山肌がやたら白いことに気が付きました。

他でもなくウワミズザクラの花です。

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(とある公園のウワミズザクラとハナムグリ

 

なぁんだ、やっぱりウワミズザクラって多そうだな。と一安心。

ウワミズザクラは、北海道でいうエゾノウワミズやシウリザクラと近縁です。

馴染み深いシウリザクラは林内に若木が多く、春は早くに開葉する、耐陰性の強い木でした。ウワミズザクラも、きっとシウリザクラと似たような性質を持ち、多少暗い中でも着実に育って森を賑わしているのでしょう。

【落枝の生態的意義】

ところで、ウワミズザクラの落枝現象は生態的意義が謎です。なぜ形成コストの大きな非同化器官をやすやすと手放してしまうのでしょうか。

考慮すべき要素は、形成コストのほかに、維持コスト、損傷リスク、繁殖特性、光合成効率などが挙げられます。

さしあたっては、ほかのサクラ類でいう短枝のように、大きな成長の望めない被陰下で細々と光合成を繰り返していくための仕組みと考えることができます。無駄に枝を伸ばし続けるのではなく、生産規模を縮小しながらも炭素固定に貢献し続ける策です。

短枝ではなく落枝なのは、枝を簡素化し1回の形成コストと維持コストを抑えるためでしょう。それを毎年繰り返すことで、この樹種に限っては頑丈な枝を作り維持するよりもライフサイクルコストが抑制できたのかもしれません。また、枝の伸ばし方や被食への応答も柔軟になるのかもしれません。そのあたりは、羽状複葉誕生の究極要因に通じるものがあります。

というか、ウワミズザクラは短枝を作らないのか? と書いていて気になりました。今度確かめなくては。