【コラム】ギャップと更新

 
 今日はいつもより学術的な話をします。
 
 森の中を歩いていると不意に陽だまりが出現することがあります。よく観察すれば、地面には大きな倒木が見られるかもしれません。天井を埋めていたそれが倒れることによって、ぽっかり穴があいたのです。
 このようなことがあって光が差し込んでいる場所を、専門用語では「ギャップ」いいます。薄暗い林床とは違い、そこではさまざまな種が旺盛な成長を始め、なかでも、こういう環境を特別望んでいるような種を、我々は「ギャップ依存種」と呼んでいます。
 その代表選手として、ハリギリを挙げてみましょう。
 
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ハリギリ Kalopanax pictus の稚樹
 
 写真の個体は枝の分岐をしておらず、多くの光をむらなく受けるために、下側の葉ほど葉柄が長くなってひょっこり顔を出しています。ギャップ依存種は掌状や羽状複葉の形をとって大きな葉を持つ種が多く、稚樹の時代にほとんど枝分かれをしないという特徴も持っています。
 もう少し話題を広げると、ギャップ依存種は葉の「可塑性」というのが大きく、光環境によって葉っぱの薄さを大きく変えて、変動するにうまく対応する仕組みをもっているのだそうです。
 また、ギャップ依存種は虫媒花&鳥散布種子であることが多く、後者については鳥に食べられることで果肉などに含まれる発芽抑制物質が取り除かれ、遠く運ばれたところで芽生えられるように進化してきたのだといわれています。こういった種子は、発芽するのに適さない環境に落下するとそのまま休眠し、「埋土種子」となります。長いものでは25年以上も土の中で発芽の時を待ち続けるのだとか。果肉付きの種子も、落下した環境が明るければ翌々年以降にぼちぼち発芽するのですが、埋土種子にはなりにくいという話があります。
 ちなみに、ハリギリのウコギ科(ウド)、ナナカマドのバラ科ヘビイチゴ)、ミズキのミズキ科(ゴゼンタチバナ)など、ギャップ依存種が属する科の中には草本も含まれることが多いんだとか何とか。
 
 そんな感じで特徴をたくさん持っている「ギャップ依存種」ですが、最初に「さまざまな種が」と述べたように、彼らしか「ギャップ」を利用していないのかといえばそんなことはなく、人によっては「全部の木がギャップに依存しているだろ」と主張するほどです。ギャップ形成は光環境が改善されるだけでなく、土壌水分が増加したり、微生物の働きが活発化して窒素供給が豊富になるなどの利点があって、木にとっては利用しない手はないのでしょう。
 たとえばブナは落葉広葉樹の極相構成樹として有名ですが、この樹種もギャップが来た際の世代更新を有利に進めるために「シードリングバンク」という戦略を持っています。シードリングとは稚樹のことで、暗い林床には稚樹が「銀行の貯蓄」のごとく大量の稚樹が存在しているのだそうです。暗い環境下での稚樹は長生きしても20年程度しか生存ができませんが、次々と新しい実生(芽生え)が供給され、いわば稚樹の中で世代を回しながら林冠の疎開を待っているという状態なわけです。
 ミズナラでも北海道の演習林を使った調査では、大規模な更新には笹が枯れて「林床」ギャップが形成されることが重要なのではないかという報告もあります。
 また、同じ「ギャップ」の中でも、南側と北側などでは当然環境が異なります。こういうことでも更新樹が異なってくるそうなので、一口にギャップといっても、更新の仕方は一様ではないことがわかります。
 
 ギャップは規模こそさまざまですが、その多くは撹乱を受けて形成されたものであるといえます。従来、特に大きな撹乱を受けた林分は「二次遷移」をたどって再び「極相」へと「再生」していくものなのだと言われてきました。しかし、そのような考え方では、人手の全く加わっていない森林であっても、厳密な「極相」などほとんど見当たらないことになります。
 100年に一度の一斉風倒にせよ、1年に何度も訪れる小さな台風にせよ、それらは森林の動態の中では「非常事態」というわけではなく、それぞれがさまざまな樹種の更新に必要な「機会」のパターンなのだとすれば、それらによって「動的に維持」される森林の景観は、とんでもなくダイナミックな機構を有していると言えるのではないでしょうか。
 
 
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 おまけで↑ゴゼンタチバナChamaepericlyenum canadense)と↓ミズキ(Cornus controversa)。葉っぱがよく似ているような気が僕はしますw
 
 
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