【コラム】カラマツ林のゆくえ(未訂)

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 廃林道脇に生えているタラノキが、葉色の移ろいと果軸の赤紫色で綺麗な彩りを見せていた。魅せられた僕は記念に一枚写真をとろうとしたのだが、背景に興味深い林が広がっている事に気付き、せっかくなのでそれも含むように写してみた。その写真が上の一枚目である。携帯電話で撮ったため非常に写りが悪く、見ての通りタラノキの写真としは大失敗、背後の林もよく見えないと言わざるを得ない。正直ちょっとだけ悔しい。
 タラノキについてはそこら辺にあるので、また綺麗なものを見つけたらめげずに撮ってみる事にするだが、背後の林については類似した林層の写真を某サイトからお借りしてきた。二枚目の写真を御覧頂きたい。上にカラマツ、下にトドマツが生えている様子がわかる。実際はもっと樹齢の高い林だったが、僕が撮ろうとしたのは、まさしくこのような二段林だったのである。

○カラマツと二段林

 構造による分類で、森林は「単層林」と「複層林」に分けられる。単層林とは林木の頭の高さが均一になっている森林であり、複層林とは単層ではない、つまり「高い木もあれば低い木もある」という森林を指す。施業林の形態としては単層林が圧倒的に多く、平成14年度の統計を見ると、育成単層林が1034万haなのに対して育成複層林は90万haにすぎない(林野庁HPより)。撮影した二段林は育成複層林に含まれるので、僕がこれを珍しがった理由がお分かりいただけるだろう。
 このように日本の人工林では単層林が一般的なのだが、1987年に「森林資源に関する基本計画」が見直されて以降、国は複層林の造成を一応推進してきた。上層木を切っても地面が露出しないので公益的機能を保持できる、造林過程での地拵えや下草刈りの手間が省ける、安定的かつ弾力的な林業経営が可能となる、などといった複層林ならではのメリットを見込んでの策である。
 僕が見た林地の近くに建てられていた看板には「カラマツ列状間伐試験地 設定年度:昭和44年(=1969年)」と書かれていたので、どうやらここは国による推進に先立って二段林造成試験が行われた土地らしい。北海道では民有林を主体に1万ha近くの複層林が造成されてきたが、その多くは写真のような、上層がカラマツ、下層がトドマツ(又はアカエゾマツ)の二段林なのだというから、写真は道内における複層人工林における恰好のモデルといえよう。

○カラマツ林と北海道

 さて、以上の紹介のように二段林では上層木として存在するカラマツだが、この木は二段林に限らず、北海道の人工林のなかではトドマツに次いで二番めに大きなウェイトを占めている。しかしこの木は北海道には自生しておらず、荒地に強いので勝手に生えている現場も目にするが、一般的には人工林でしか見られない。ちなみに本州には自生しており、富士山の森林限界付近で純林をつくっていたり、信州での天然林が有名だったりするらしい。温暖な気候よりは冷涼な気候に適している。
 北海道でカラマツ林の造成が急速に広まったのは戦後である。これは主に戦争中に生じた過伐採地の再生と、国有林の生産力増強計画(1958年)(いわゆる拡大造林)が掲げられたことによる。有名な造林地としては、北海道東部の根釧原野で造成された広大なパイロット・フォレストが挙げられる。上記の経緯に加えて多目的農業も目的の一つとし、10778haの原野・未立木地を40億円の投資によって整備し、育て上げた森林である。
 急速に広がったこれらの造林地におけるカラマツは、現在大部分が標準伐期(40~60年生)を迎えており、各地で壮麗な風景を作り出している。既述の二段林でも、そう遠くない未来にはカラマツが多く伐採され、万を辞して下層のトドマツが広い空を見る事になろう。
 しかしここまで成長するのを待ちながら、我々は(間伐材含め)カラマツ材の扱いについて大きな変遷を辿ってきた。

○カラマツ需要の変遷

 カラマツの大規模植栽は、カラマツ材の用途をしっかり考えて行われたものだった。造成当時考えられていた用途は、炭鉱で使う杭のほか、電柱や農業用資材としての中小径材などだ。荒地にもよく育り、成長が早いなどという事で大変期待された。
 ところが人間社会の変化は速い。石炭産業は衰退し、電柱もコンクリートで作られるようになって、「使えるころには使い道がない!」というまさかの状況に陥りかけたのである。建築材にしようにも、中~壮齢のカラマツ材は狂いや割れが生じやすく、あまり建材に向いているとはいえない。パルプとして消費しようにも、ヤニが出やすいなどの品質の問題からか価格が低いので利益はあまり望まれない。さらに外国産の木材流通等による圧迫が、カラマツ材の未来を暗くさせた。
 そんな状況の中、80年代に入ると梱包材としての利用が活発になり始めた。70年代に生産体制から販売まで独自の技術が生み出され、梱包材市場の中では他の材に負けるとも劣らない健闘を見せたのである。この用途はカラマツ利用の中で重要な地位を占めるようになった。2000年の統計を見ても依然として出荷量の80%を占めていることが分かる(林産試験場HPより)。とはいえ、梱包材も価格が高いわけではなく、他材との競争が続けば需要はどうしても不安定なものになるため、カラマツ材の将来性はやはり決して高くないと言わざるを得なかった。
 その後、見出されたのは集成材としての用途だった。2000年近くに合板用原木が南洋材から針葉樹材へと急激にシフトしたことにより、カラマツ合板材の需要がぐんと上昇したのである。単材としては狂いや割れが生じやすいカラマツでも、材を寄せ集めれば互いにデメリットを打ち消すことで強い強度を発揮する。カラマツ材の用途としては一つの光が見えたと言っても過言ではないだろう。
 さらに、近年になると木材の人工乾燥技術がかなり向上した。これによって、カラマツの単材も狂いや割れを抑えることができるようになったのである。また、伐期を先延ばしにしてより大きな材木を生産し、付加価値をつけ利益を高めようという動きも大きくなってきている。一方では他材勢力の弱まりに伴って、現在建築材へのカラマツ材需要も上昇しているといわれている。カラマツ材としては「ようやく俺の時代が来たか」というところかもしれない。

○カラマツ林はどこへ向かうか

 しかし残念ながら、カラマツ材の時代はそう長く続かないだろう。現在成熟しつつあるカラマツたちはいわば「団塊の世代」であり、そのあとに続く世代はかなり面積的に少ないのである。これを受けて、最近はカラマツの再造林が進められているという話も耳にする。カラマツを父、同じカラマツ属のグイマツを母とし、材の性質を高めた「グイマツ雑種F1」の普及もこの流れを助長することだろう。ひと昔前までは「拡大造林で余計なモンつくっちまった」と言っていた世論が「拡大造林のあとに造林をサボったのは失敗だった」というふうにひっくり返ったようにも思える。
 だがどんなに慌てても、そのうちカラマツ材の供給状況に大きな変化が起こることは避けられないだろう。そのあとで再びカラマツのブームを計画する必要性が、僕にはちょっとわからない。
 多くの人工林について言えることだが、カラマツ人工林は生態学的に見ても豊かな森林であるとはいえない。たとえば十勝地方での調査では、カラマツ林における鳥類の種数は天然林の1/3、個体数は1/2しかないことが明らかにされている(林業試験場HPより)。また一方で、カラマツ人工林における間伐によって生じたギャップは多くの広葉樹の侵入を許し、林内の多様性を高める効果があるという報告もある(花田ら,2006)。僕はこのような観点を踏まえ、現在のカラマツ林は徐々に天然の樹種構成に戻していくべきだと思っている。複層林施行については賛成だが、下木層は広葉樹の割合を多くしたほうが良い。カラマツ・トドマツ二段林も、トドマツが大きくなる頃にはその下層に広葉の前生樹が生育している事が望ましい。生態系の保全を考えればそれが善策だと思うのだが、市場経済が絡んだ事情の前では、やはり単純極まりない主張と言われてしまうのだろうか。
 社会のニーズに流されず、長期的な安定を考慮した森林管理が望まれるのは当然であるが、「ではどうすればいいのか」と言われて簡単に道が見えてくるような話ではない。人の時間と木の時間、更には森林の時間がまったく違う流れを有しているために、展望が非常に不明瞭なのである。美しいカラマツ林は、森林と向き合う事の難しさを我々に教えてくれている。