【コラム】オヒョウの開葉は何型?~言葉の定義は大切だ~

 先日書いた近況報告の記事において、私は「オヒョウは順次開葉型である」という事を書いたが、後に検索をすると「オヒョウは順次ではなく一斉+順次開葉型である」との意見もみられた。実際は何型と表現するのが妥当なのだろう?

 私が「順次開葉型」とした根拠は「北海道産落葉広葉樹実生の成長及び物質分配の季節変化」(岡野哲郎・中井武司,1992)の報告による。抄録の一部を以下に引用する。
 
 『北海道産落葉広葉樹11種(ウダイカンバ,アサダ,ミズナラ,ハルニレ,オヒョウ,カツラ,ホオノキ,シナノキ,ハリギリ,ヤチダモ,アオダモ)の伸長・肥大成長と着葉枚数の季節変化,および5種(ウダイカンバ,ミズナラ,ハルニレ,カツラ,ヤチダモ)の物質分配の季節変化について,当年生あるいは1年生実生を笛畑で生育させ,6月下旬から11月中旬にかけて調査した.伸長成長および着葉枚数の季節変化においては2群に分類することができた.8月下旬あるいは9月中旬に着葉枚数が最大になり(順次開葉型),伸長成長量の大きなウダイカンバ,アサダ,ハルニレ,オヒョウ,カツラの種群,および着葉枚数に変化が少なく (一斉開葉型),伸長成長量の小さなミズナラ,ホオノキ,シナノキ,ハリギリ,ヤチダモ,アオダモの種群である.』
 
 以上において、「着葉枚数が長い間増加する」ことがオヒョウを順次着葉型とする根拠となっていることがわかる。
 
 一方、オヒョウを「一斉+順次開葉型」としているのはKikuzawa(1983)である。彼は開葉様式を三つ、すなわち「一斉開葉型」「順次開葉型」および「中間型」に分け、中間型のうち、特に一斉開葉した後状況に応じて展葉及び伸長成長をするものを「一斉+順次開葉型」とした。そのうえで、オヒョウの開葉様式は「一斉+順次開葉型」を示すとされている。

 両者の違いは「春先の開葉」の扱いにある。前者は観察開始が6月だったためにこれを考慮せず、開葉期間全体の長さを基準にして分類しているが、後者は前者の基準に加え、春先における展葉の仕方を考慮に入れている。そのために、後者では分類がより細かくなり、両者の間には分類群の定義に若干の差異が生じていたのである。以上のことから、各々の定義に準じれば、どちらの分類でも間違いではないということができる。
 
 ただし、Kikuzawaの分類は現在多くの論文に引用されており、前者に比べてその普遍性はきわめて高い。したがって、一般的かつ厳密な論述をするにあたっては、特別な注釈をしない限りは「オヒョウは一斉+順次開葉型である」とするのが妥当であろう。

 ちなみに、オヒョウと同属のハルニレについて「一斉開葉型」として解説をしているwebサイトもいくつか見つけた。ハルニレはオヒョウと同じような開葉様式を示すので、Kikuzawaにのっとればハルニレも「一斉+順次開葉型」とされるべきだろう。この場合は、「オヒョウ順次開葉説」とは対照的に、春先の一斉開葉だけを根拠として「ハルニレは一斉開葉型である」としているのだと考えられる。
 
~教訓として~
 科学的論述において、他者の知見を参考にする、あるいは自分の知見が他者の参考になることを考えると、知見に関する言葉の定義付けは非常にデリケートな問題だと言える。なぜなら、語る者によって言葉の定義が違えば、論者間で同じことを言っているのに矛盾しているように感じられたり、違う話題であるのに同じ話題であると錯覚したりすることで、無駄な論争を引き起こしかねないからである。それに加え、定義が明示されなければ、互いに定義が違っていても気づくことができず、論争は収束からいっそう遠のいていくことになる。

 したがって、円滑に議論をし、自分の主張を他者に正しく理解してもらうためには、定義を明示すること、明示しない場合でも、最低限度として定義を一般的に使用されているものに統一することが徹底されなければならない。

 しかし逆にいえば、主張されるべきは「言葉」ではなく「言葉が指す内容」である。論者は定義に気を使わなければならないが、その一方で、論理の受け手は言葉の定義に注意を向け、「真の主張」は何であるか、ということを見極めるための理解力を備えることが要求されよう。
 
 いずれにしても、記事における表現には、今後さらに気を配っていくようにしたい。